大日本沿海與地全図の誕生
文化十一(1814)年、林蔵(35歳)は雪解けを待って、従者を雇入れ、まず松前から北の日本海を面した西海岸の測量の旅に出た。江差をへてイワナイ(岩内)、オタルナイ(小樽)へむかった。距離の測定は、主として歩数で計った。伊能忠敬に教えられた通り、点を設けて線でむすび、方位と距離を測って線を次々にのばしてゆく量線法をおこなった。さらに、夜、星の高度をはかって緯度を確かめ、誤差を修正していった。かれは、石狩からノッシャム(野寒布)岬をへて宗谷に至った。林蔵は、天体観測具や測量具を、雇入れた宗谷のアイヌに運ばせ、宗谷からエサシ(枝幸)方向のオホーツク海沿岸を測量し、モンベツ(紋別)で越冬した。
文化十二(1815)年も、アイヌの助けを借りて測量の旅をつづけた。紋別から常呂、網走をへて斜里にいたるオホーツク海沿岸を測地した。さらに国後島に渡って西海岸を踏査し、その間、色丹、利尻、礼文等々の島を遠くから方位、距離を測定し、野帳に記録した。
文化十三(1816)年、林蔵(37歳)は久しぶりに箱館にもどって越年し、翌春東海岸に足を向けた。その方面は伊能忠敬が測量していたが、歩行困難な場所は舟の上から目測にたよったので完全さを欠いていた。そのため林蔵はその方面の測地をおこなったのである。箱館からオシャマンベ、釧路をへて八月十七日には厚岸に達し、さらに花咲半島、根室、ノサップ(納沙布)岬を実測した。そして、船便を得て箱館へもどった。
日本全国の地図を作成しようとしている伊能忠敬にとって、蝦夷の原図を得ることは悲願の達成することを意味していた。忠敬は、気分が良い時には半身を起し、全国地図の作成をつづける門人たちに指示を与えていた。四月十三日、忠敬(74歳)の意識はうすれ、やがて息も絶えがちになった。娘の妙薫をはじめ孫たちが死水をあたえ、林蔵も水をふくませた筆を唇にあてた。日本全図の作成はまだであったので、それが完成した折まで忠敬の死は公表されぬことになった。家督を継ぐのは、長孫の三治郎であったが、まだ十三歳で、妙薫が訓育を引受けた。四月二十二日、元号が改まり文政元年(1818)となった。林蔵(39歳)は、悲しみにひたりながらも忠敬の埋葬とその後の処理にあたった。忠敬の遺体は遺言にしたがって、浅草の源空寺にある高橋至時の墓の傍に葬り、爪と遺髪を佐原の観福寺にある伊能家の墓所におさめた。
林蔵は、忠敬の全国地図作成に、自分が測量した蝦夷の海岸線の原図が貢献したことを喜んでいた。が、かれは、蝦夷図を完璧なものにするためには、内陸部の測量もおこなわねばならぬ、と思った。かれは、霊岸島の松前奉行出張役所にその旨をつたえ、蝦夷行きの許可を得た。忠敬の盆送りをすませたかれは、旅支度にとりかかり、従者に測量具を背負わせ、江戸を出立した。
林蔵は、冬が近づくと箱館にもどって疲労をいやし、春とともに旅に出ることを繰返した。その足跡は、精力的にのび、石狩川、天塩川、網走川、十勝川、シブチャリ(染退)川などをそれぞれ上流まで遡った。文政三(1820)年の冬をひかえ、林蔵(41歳)は箱館にもどった。かれの手元には、蝦夷地の内陸部を測量した膨大な原図がはつめられていた。その年の三月、佐渡奉行に転出していた高橋重賢が越前守として松前奉行に任命され、五月に松前に着任していた。林蔵にとって長年、目をかけてくれた高橋の奉行就任は大きな喜びであった。
文政四(1821)年五月、勤務交代の奉行夏目左近将監が到着し、高橋越前守は江戸へ帰ることになり、蝦夷地測量を終えた林蔵(42歳)は随行を命じられた。江戸に戻った林蔵は、ただちに原図を元に蝦夷地の地図作成にとりくんだ。蝦夷地の内陸部を苦労して踏査した努力がそのまま地図にあらわれ、河川と地名が詳細に記入され、海岸図では潮流が矢印で示されているという周到さであった。蝦夷地(北海道)のみならずクナシリ島の東部、エトロフ、ウルップ島の図も作図された。山岳部は緑、平地は白と色分けされ、地図の大きさは一畳半になった。その月の下旬に蝦夷全図と名付けて幕府に提出された。
伊能忠敬の死後、門人たちによって忠敬が日本全国を測量した地図の作成がつづけられた。それは、大日本沿海與地全図と與地実測録で、林蔵の蝦夷全図をあわせたきわめて正確な日本地図が誕生したのである。天文方高橋作左衛門は、三治郎を忠誨(ただのり)と改名していた忠敬の孫や門人らと大日本沿海與地全図、與地実測録を携えて江戸城に登城し、大広間に列座する老中、若年寄の前で図をつなぎ合わせて披露した。これによって地図の献上の儀も終え、はじめて伊能忠敬の死が公表された。幕府は、忠敬の偉大な功績に報いるため孫の忠誨に家督を継ぐことを許し、五人扶持、永大帯刀の栄典をあたえた。この家督相続についても、林蔵は親身になって力をつくした。
『間宮 林蔵』 吉村 昭著(講談社文庫)より抜粋
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